折角なので、代表して色々と振り返ってみたいと思う。歌詞を含め。  尚今回の作詞に関しては、『ユキミチ』を除いて、全て曲先で行っている。 1.聞こゆなり  最初この曲は、『成。天戸屋 遊女と聞こゆ也』と言うタイトルで有ったものが、話し合いの末で今のタイトルに。  歌詞は存在しないことになっているが、遊女が色々と考えた末に今の形に落ち着いた。  後は推して知るべし。 2.うたたねの丘  個人的にお気に入りの歌である。歌詞と曲のマッチングが最も巧く行った気がする。  当初、一石が作詞して天戸屋さんが歌うつもりで海老は作っていたらしいが、「遊女ソロ新曲の詩も書きたい」と一石がごねたために、遊女の曲へと変貌した。  わたしが作詞をするときには歌い手が誰であるのかを想定して書くのだが、天戸屋さんにはまだまだ遠慮している部分があるので、好き勝手に書いても構わない遊女の名を推してみたわけだ。しかし、天戸屋さんバージョンのうたたねも、聞いてみたかった感じもする。  海老はこの曲を評して「偽善者」と言っているが、よく歌詞を読んでみて欲しい。結構危ない歌詞である。恐らくこの曲に出てくるヤツは、『ユキミチ』のヤツと同一人物なのではないか。 3.夏夢/篭城  「一つぐらいは海老くんの歌詞が有った方が良いんじゃないか」とのわたしの言葉を受けて作られた曲。まったく海老くんは面白いヤツである。  一つの曲に二つの詩を当てはめ、二人の歌い手に別個に歌わせてみようという、変化球の多いこのアルバムの中でも、かなりの変化球。  ちなみにデザイナーの2tomくんは昔からこう言うタイプの歌が好きで、海老に「こう言うのやろう」と言っていたらしいのだが、そんなことはすっかり忘れていた海老、ただの思いつきで作ってしまった。まったく面白いヤツである。  海老くんが書いた詩、『夏夢』を元にして、わたしが『篭城』を書いた。最初は『夏夢』しかなかったのだと思って歌詞を読んでいただくと、いかに一石が海老くんの持ってきたイメージを勝手に改変したかが、よくわかると思う。  二つの歌声を追いかけながら聞いてみると、「目を覚ますの」「目覚めるの」「ヒマワリ」「コウモリ」「砂の城の中で」「雲の城跡」「この時計も」「時が」「泣きたくて」「亡き跡」などなど、被ったり離れたりのボーカルの妙を楽しんでいただけるのではないか。  尚、この二つの詩に両方ともトラック3の名を付けてみたのは、わたしと2tomくんの悪乗りの結果である。ちょっと面白いでしょ。 4.Melt Moon  『ユキミチ』を除けば、今回のアルバムで最初に作詞をした曲。  海老くんとも天戸屋さんとも仕事をするのが初めてだったので、互いの主張したい部分が多々あって、この詩は難産だった。なにより、当時わたしが非常に落ち込んでいたというのが一番の難産の理由ではあったが。  アルバムのテーマが四季であり、秋の曲ということで実りの秋とお月見を合体させた、幾分ファンタジーな詩を書いてみた。ラストのワイルドな食事シーンがチーム内では割合に好評で、わたし自身も生活臭のするファンタジーということで、この点は気に入っている。  ちなみに月がチーズで出来ているというのは、クレイアニメ『ウォレスとグルミット』での設定なのだが、これはイギリスでは共通の見解なのだろうか? 5.ユキミチ  既に遊女の定番ナンバーになっている、『ユキミチ』である。  いろんな人々の手を介して何度も蘇っている歌だ。くわしい事情に関しては、いずれ自サイトで語ろうと思っている。  どうも『心に何かある人』にはとても強く響いてしまう曲らしく、方々で「泣いてしまう」「聴けない」との意見も聞く。なんだか訳もわからずにだ。  こう言った歌詞を書いている自分からすると、それは作詞家冥利に尽きるというものである。  ゆなりライブの際には、ディレイで追いかけてくる歌声の部分を天戸屋さんが担当した。これは非常に良かったので、なんならライブ盤としてもう一度蘇っていただいても構わない。  ただ、非常にソラで歌いづらい、ライブ向きの曲ではないことも付記しておこう。遊女は未だに歌詞を間違える。これは作詞家冥利にちっとも尽きない。ごめんなさい歌い手さん達。 6.AとBと  二人の歌い手の持ち味を生かしつつ、果たして海老の用意したこの楽曲内で一石は自分の詩をどこまで遊ばせられるのか。そして、このアルバムのシメにふさわしい歌詞とはどんなものなのか。  悩みに悩んだ末書かれた歌詞である。結果、一曲目の『聞こゆなり』のアンサーソングと言う形を取ることに、落ち着いたのである。  ゆなりとは、優れた能力を持ったものが集まった、音楽の枠を越えたコラボレーションであったとわたしは考えた。今回のプロジェクトに関わった人間は、全て歌ってやろうではないかとの思いで、この歌詞は作られたのである。  海老、2tom、遊女、天戸屋成、一石楠耳、とべないぼうし。それぞれに活躍していただく形で、歌詞は書かれた。AとBとは海老であり、天女は天戸屋と遊女だ。こう考えていくと、なぜ天女がシルクハットを回しているのか、なぜふたつにひとつを2つに一つと書いているのかが、見えてくるはずである。パズル感覚で歌詞を読み解いていくのも楽しいかもしれない。  また、個人的には『AとBと』の歌詞は、今回のアルバムで一番重いと感じている。  力を与えてくれる存在と、困難を打ち消してくれる存在。両者に振り回されるままに理不尽な二択を迫られ、結果相手を傷つけてしまう。それでいてこの男は、未だに答えが出せないでいるのである。  脱出マジックの天才フーディーニや、マジシャンズセレクトと言った手品技法をモチーフに混ぜてコミカルに歌いこんではいるが、この選択肢の重みは、どうにも辛いなあと思う次第だ。  同人音楽においてかなり軽視されがちな部分であるが、歌詞は曲の構成に非常に重要な部分である。  今回このアルバムの全曲歌詞を担当させていただいたのは、非常に光栄かつ、身に余るものであったのではないかと思う。  次の機会があり、またお声がかかるようであれば、より精進して臨みたいと考えている。すぐれた『ゆなり』を世にまた出すためにも、皆様から様様な感想や叱咤激励をいただければ、これ幸いである。